コロナの時代、VUCAの時代、人生100年時代などなど、経営やビジネスを取り巻く環境って、目まぐるしく変わってきていますね。
また、企業や組織のなかの仕組みも大きな変革が求められていますね。
DXとか、コーポレートトランスフォーメーションとか、オートメーション化とかとか。
今後めまぐるしくかわっていくでしょうね。
企業や組織のなかの仕組みが大きく変化したのは、過去には1990年代だったかもしれません。
何が起きたかをシンプルに言っちゃうと、「生産性を高める」ために、「人件費抑制」を目論んだ「成果主義の導入」と「ITによる効率化」が起こったんですよね。
そして、それによって人材育成に対する課題が急浮上してきました。
1990年代から、新聞記事に「人材育成」というキーワードが20年以上も上昇し続けてます。(朝日新聞の記事データベースからの調査ですね。)
「人材育成迷子」の時代に突入したってことですね。
立教大学の中原先生は、この原因を以下だと説明されていましたね。
「人材育成」への関心・課題感が高まった原因
- 組織のフラット化による指導経験の付与ができなくなった
- 個人の業務の追求による俗人化と業務経験の偏りがおこった
- ITによる情報管理が高度化したことで逆に学習機会が減った
今回は、「【人事の歴史】人材育成が企業の中で重要視された背景とは?失われた20年で失われた「学習の場」」と題してご紹介して参ります。
先日も紹介したジョブ型雇用の導入などもホットな話題ですが、これから先の変化に対応すべく、ちょっと歴史の失敗からも学んでみようと思って書いてみました。
それでは、さっそくみていきましょう!
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もくじ
なぜ人材育成が企業で重要視されるようになったの?
それでは、なぜ人材育成が企業の中で重要視されるようになったのかについてご紹介していきます。
改めて、ポイントは以下ですね。
「人材育成」への関心・課題感が高まった原因
- 組織のフラット化による指導経験の付与ができなくなった
- 個人の業務の追求による俗人化と業務経験の偏りがおこった
- ITによる情報管理が高度化したことで逆に学習機会が減った
1つひとつ見ていきましょう〜。
組織のフラット化による指導経験の付与ができなくなった
1つ目の「組織のフラット化による指導経験の付与ができなくなった」にかんして解説していきます。
組織のフラット化やスリム化などは、90年代の企業では盛んにおこなわれた施策ですよね。
無駄な組織構造の排除、人員の整理を目的としたリストラなどがよく言われた時代だったと、ぼくも親世代をみてて記憶にあります。
それまでの80年代までは、組織はしっかりピラミッド型で、先輩社員や指導員のような役割の人が後輩や新人の仕事の指導・育成を任されていたわけですね。
「育成係さん」と呼ばれる人がいたという話もあります。
それが、組織のフラット化(階層構造のスリム化)と採用抑制などにより、下の人を育てるという機会そのものが無くなってしまったということですね。
これにより、それまで脈々と続いていた人材育成のリレーが断絶されてしまったことが影響しているんでしょうね。
個人の業務の追求による俗人化と業務経験の偏りがおこった
次に、「個人の業務の追求による俗人化と業務経験の偏りがおこった」にかんして解説していきます。
まず、「個人の業務の追求による俗人化」についてです。
これは、成果主義的な人事制度に移行したことによって、個人がより個人の技能を俗人化させ、評価を獲得しやすいような行動へいざなったという見方がされています。
自分にしかできない業務を作り、「会社に必要な人材」になろうとしたわけですね。
もう一つの「業務経験の偏り」については、イメージが付きやすいかも知れません。
これは、成果を上げてくれる優秀な人に、仕事をどんどん任せていくことで経験に偏りが発生したという事ですね。
このように、業務が偏っていく事で、他の人の成長機会や学習機会が失われていったのだと言えます。
これにより、組織全体での人材育成課題がまん延していったわけです。
ITによる情報管理が高度化したことで逆に学習機会が減った
3つ目の「ITによる情報管理が高度化したことで逆に学習機会が減った」にかんして解説していきます。
今でもよくやられている「ナレッジマネジメント」的な話がひとつあります。
例えばですが、ITで情報をデータ化し「有益な情報を皆が見れるように共有フォルダに入れよう!」とねらった試みがあったとします。
結果、だれも情報を見にいかなくなったという結末ですね。
それ以前は「手足を使って学び取りに行った」わけです。
それが「フォルダを開く」という作業になったとたんにやらなくなったわけですね(めっちゃわかる)
もう一つは、やっぱり「職場が学び場」だったことが言えると思います。
例えば、「電話がメールになった」ことなども当時ありました。
つまり、先輩や上司の電話トークをそば耳立てて、「話し方を学んでいた」わけですね。
それが今は、「カタカタ」とタイピングの音しか聞こえてこないw。
そうなると、それだけでも有益な成長機会が阻害されたわけですね(本当はITツールも便利ですけどねw)。
このような、小さな試行錯誤の場が職場にはあったのでしょうけど、それが失われたというのは大きかったのかも知れません。
職場で起こる1つひとつの活動が、人材育成の場の役割を担っていたのかも知れませんね。
新しく仕組みを作る中で学習機会も一緒にデザインする
生産性を追求した仕組みの中で人を働かせていくと、どんどん「人材育成」の課題が上昇していったわけです。
最近では、1on1ミーティングなどで「経験学習」を担保しようとしていますが、こういった学習の場のデザインを考えていけるといいですよね。
海外でも、CFR(対話・フィードバック・承認)の切り口でいろんな取り組みもされていますので、学習の場のデザインの参考になるかと思います。
この「学習の場のデザイン」は、非常に興味深い分野なので、今後もこのサイトでもご紹介していけるようにしますね。
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まとめ:「激動の時代に突入」ってずっと言ってる
いかがでしたでしょうか。
まさに今、大きな変化の中にいるので、これまで見てきたような変化を経験するかもしれません。
ただ、ちょっとこれも見てください。
“いよいよ日本経済は先の見えない時代に突入したという感がある。今こそ激動の時代だという認識が必要だ。これまでのやり方はもはや通用しない。過去の成功体験をいったん白紙に戻すという思い切った姿勢が経営者に求められる。”
そのとおり、とうなずく人も多いと思います。ただこの記事は、昭和も昭和、「1964年9月の日経新聞」からの引用なのです。この数十年間、新聞紙上で「激動期」でなかった時はついぞありません。
『ストーリーとしての競争戦略』
もう「激動期」って、ずっと言ってるわけですよw
今も昔も、いろんな所から危機感をあおられちゃってるのかもしれませんね。
でも、少し落ち着いて、(お茶でも飲みながら)「どういう文脈で今の組織のスキームが出来上がっているのか」を知るってことも、してみてもいいかな〜と思います。
今回は、「【人事の歴史】人材育成が企業の中で重要視された背景とは?失われた20年で失われた「学習の場」」と題してご紹介してまいりました。
過去の課題はまた起こりえるので、参考になれば嬉しいです。
それでは、また次回。
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